外国文学 小説 文学・評論

肉体の悪魔:ラディゲから破滅的な初恋について学ぶ

投稿日:2019年3月4日

肉体の悪魔-ラディゲ-idobon.com

10代のころに読んでおきたい

**ネタバレ注意**

人生のことがらや人との出会いと同じように、本との出会いにもタイミングというものがあって、そのタイミングが上手く合わないと、良書も本来の目的を失ってインパクトを失くしてしまいます。逆にその本を手に取った日が、本の内容にぴったり合うと、その本は著者の当初の目的以上の効果をもたらしたりするものです。

ラディゲの「肉体の悪魔」を読み終わって、私は「あ、タイミング逃したな」と感じました。10代の時に読みたかった。10代の時に読んでいたら今とは感じかたが全く違った。10代の恋愛真っ盛り、恋愛こそが人生と思っていたときに出会っていたら・・・

ヘミングウェイの「日はまた登る」も同じ感覚を覚えた本でした。これは30代前半に読みました。若者が朝から酒飲んで騒いで、恋愛して、享楽的に過ごして、何が楽しいんだと無感動で終わったのですが、20代前半、大学を卒業する直前にこの本を読んだという友人は、この本はとても大好き!共感できる!と言っていました。30代前半は私は小さい子供達がいてあたふたの毎日だったので、それを聞いて、読むタイミングが悪かったんだな、と思いました。良い本でも、その魔力の効果がある期間を逃してしまったんだな、と。

「肉体の悪魔」の14歳の主人公は19歳の人妻のマルトと恋に落ちます。家族、学校、通常の生活の全てを捨て、彼女との生活に身を投じます。そんな主人公の愛し方はひどく自己中心的で破滅的。初恋がしばしばそうであるように、主人公が思う「愛」は自分の欲望、満たされなさ、不満を埋めるためのものでした。思ってもいないのにありえない要求をしたり、わざと試すようなことを言ってみたり、傷つけたり。その様子を読むのは、結構苦痛でした。

嘘つきめ!僕は若さというものにとても敏感だったから、マルトの若さがしおれて、僕の若さが花開くとき、自分がマルトから離れるところを想像しないわけにはいかなかった。―P85

 

利己的な少年の恋愛ごっこ。犠牲を伴うことを理解していないで未熟さ。

きっと、10代の私が読んでいたら、自分が感じて、でも自身の言葉に出来なかったことを、全てを削ぎ落としたような簡潔な言葉で描写してくれたラディゲに感謝しただろうと思います。でも、30代半ば、結婚生活も10年を越し、子供もいて、という現在の状況の私は反発を覚えながら読んでしまいました。「違う、こんなの愛じゃない。勘違いしてる」って。

「肉体の悪魔」はフランス、20世紀初頭の作家、レーモン・ラディゲの処女作でした。わずか20歳で腸チフスでなくなってしまうラディゲ。ということは本書は彼が10代のころに書かれたということになります。

ラディゲの初恋を元に書かれたとされ、「最も真実らしく見える偽りの自伝」(p223)と本人も言っています。現に、ラディゲは本書の主人公と同じぐらいの年の時にアリスという10歳年上の女性に恋をします。でも、主人公が恋に全てをかけ、その他全てを捨てて落下していったのと対照的に、ラディゲ自身はまだ若いにも関わらずジャーナリズムの世界で活躍し、様々なその当時の有名作家(コクトーなど)と交際がありました。アリスは仕事の二の次にされ、約束をすっぽかされてよく泣いていたのを目撃されたそう。その違いから見て、ラディゲは自分がアリスへのこの恋に全身全霊を注いで、その他全てを捨てたら、と想像しながら書き進めていったのではないでしょうか。

反発を覚えながら読んだ、と書きましたが、最後の結末に私は鳥肌が立ってしまいました。これを10代の時に書いたラディゲは、本当に天才だったのかも、と思いました。次はラディゲのもう一つの著作、「ドルジェル伯の舞踏会」も読みたいです。


 

肉体の悪魔-ラディゲ-idobon.com

肉体の悪魔
ラディゲ

Amazonで見る 楽天で見る
The following two tabs change content below.

妻の姉

歴史小説や古典、社会学系の本など、幅広く読む。ウエディングドレスデザイナーなのでファッション系の本も好き。妹以上にモノを増やしたくない派なので、本は基本的に図書館で借りる。2児の母。時には辛口レビューを書くこともある。
▼ブログランキング参加中。クリック応援お願いします♪
にほんブログ村 本ブログへ にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

-外国文学, 小説, 文学・評論
-


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

チソン、愛してるよ。-イ・チソン(著)、金重明(訳)-idobon.com

チソン、愛してるよ。:全身火傷に遭っても前向きに生きる著者の姿勢に励まされる

持っていないものではなく、すでに与えられているものに感謝を捧げる心こそ、幸せの秘訣 韓国の女子大生イ・チソンさんは、ある日大学の帰りに交通事故に遭います。車に同乗していたお兄さんによって救出されますが …

五分後の世界 村上龍

五分後の世界:戦争をやめなかった日本はこうなっていたかもしれない

かなりグロテスクだけど、学ぶべきことがある 目が覚めたら兵士に囲まれて泥沼を歩かされていた主人公の小田桐。謎の地下の空間にもぐりこむが、周りは混血児だらけ。そこは5分時間の進んだ、別の世界だった。第二 …

脂肪のかたまり-モーパッサン-idobon.com

脂肪のかたまり:フランス文学入門に必読。さらりと読める短編

普仏戦争を背景にひとりの娼婦を描いた辛辣で皮肉な物語 以前何件かレビューを書いたバルザックとも匹敵するほど多数の小説を生み出したモーパッサンの処女作。「脂肪のかたまり」はこの短編小説に出てくるフランス …

虚栄の市:ふたつの対照的な女性像

時代によって理想的な女性像は変わる 日本では余り読まれていないらしいイギリス作家、ウィリアム・サッカリーの長編小説。私が読んだ中島賢二さんの訳では4つの単行本に分かれていました。 「虚栄の市」を読んで …

嘘つきアーニャの真っ赤な真実-米原万里-idobon.com

嘘つきアーニャの真っ赤な真実:知らなかった東欧・中央の共産主義世界が読み取れる

少女時代をプラハのソビエト学校で過ごした米原万里さんの回想録 共産党員の娘としてうまれた米原万里さんは、父の仕事の関係で9歳~14歳プラハで過ごし、現地学校ではなくソビエト学校に通われます。この本は、 …