外国文学 文学・評論

虚栄の市:ふたつの対照的な女性像

投稿日:2020年1月23日

虚栄の市 サッカリー

時代によって理想的な女性像は変わる

日本では余り読まれていないらしいイギリス作家、ウィリアム・サッカリーの長編小説。私が読んだ中島賢二さんの訳では4つの単行本に分かれていました。

「虚栄の市」を読んで、久しぶりに子供の頃の物語に夢中になった感覚を思い出しました。自分がどこにいるか忘れてしまうほど入り込んだ読書経験の感覚を、今、また経験できました。単純に楽しめる物語です。4つの単行本との長編であるからこそ、物語の中のキャラクターたちとも随分仲良くなれます(心の中で)。著者が描いたという所々に入っている挿絵も、見ていて楽しい。

副題が「主人公のいない小説」となっています。主人公がいないとは言え、主要な登場人物は二人の対照的な女性、アミリア・セドリとレベッカ・シャープです。

筆者の理想の女性像、アミリア

本書は筆者が物語を書く口調で書かれています。19世紀当時の理想の女性というような描写がされている、アミリア・セドリ。裕福な商人の娘で世間知らず、箱入り娘で育ってきましたが、父親の商売の失敗と軍人であった夫の死から、貧乏まっしぐら。

事業に失敗し、年をとるにつれ気難しくなる父親と、アミリアのやること全てに否定的な母親と共に暮らすことになり、苦労します。

大人しく、一歩下がって夫についていくタイプでしたが、亡くなった夫はロクでもないやつ。ギャンブル好き、見栄っ張り、しかも結婚直後にアミリアの友人のレベッカ・シャープに言いよる浮気男です。

しかし、おばかちゃんで知性を高めようという向上力がなく、内向きのアミリアはそのことに全く気がつきません。ある意味、あっぱれ。自分が立たされている現実に気が付いていないのだから。密かにアミリアに恋心を抱いている、夫の友達のウィリアム・ドビンの方が断然いいやつです。

アミリアは夫のジョージ・オズボーンが戦死して、若い未亡人になってからもドビンの気持ちに気付いてあげられません。長い時を経て、ようやく気付いてからも夫の思い出を心に秘めて、ドビンをなかなか相手にしません。

先にも申し上げたように、本書は筆者の語り口調で書かれています。筆者がそれぞれの登場人物に寄せる思いが読んでいて感じられるのです。そして、筆者がアミリアという女性をとても高く評価していることが伝わってきます。

しかし、21世紀に住む私の感覚では何故そんな高く評価されているのか理解不能です。私にとってアミリアは現実を直視する能力がなく、あっても直視する度胸がない腑抜けです。良い男を見抜く直感も訓練も経験もなく、こういう女性が何故好感をもって描かれているか考えさせられました。

21世紀の女子のあこがれ、レベッカ(18世紀では理解されなかったらしい)

アミリアと対照的なレベッカ。二人は女学校時代の友人同士です。

父親が画家、母親はダンサーで、当時でいう下層階級。そこから這い上がろうとするレベッカ。美貌や堪能なフランス語、あるったけのコネクションなど、自分の才能を最大限に利用して玉の輿を狙う強い女です。

幼なじみの婚約者を優しく愛する(従う)だけしか脳のないような大人しいアミリアよりも断然交換が持てます。

けれど、この本が書かれた19世紀イギリスではレベッカが批判的な目で見られるのは当然だったのでしょう。私たちの現代の価値観と比較しながらそれぞれの女性像を読むのが、本書の醍醐味です。

題名「虚栄の市」について

「幸運など、一瞬にして大波のように崩れ去り、砕け散って、その後は栄華の名残が空しく浜辺に打ち上げられるだけなのだから。」

―虚栄の市(三) p. 92

解説にはこうあります。

「紳士も淑女も一皮剥けばすべては卑俗な偽善にすぎず、それぞれの虚栄から自由になれない存在である」

―虚栄の市(四)p.399

題名、「虚栄の市」からも分かるように、19世紀イギリスの階層社会(特に貴族階級を)を皮肉と批判を込めて書いた作品です。

上層の中流社会で育ったというサッカリーならではの辛辣な口調をたっぷり楽しめます。

それぞれの登場人物のキャラクター設定もしっかりしているので、長編小説ならではのキャラクターたちとの長い付き合いを満喫してみてください。


 

虚栄の市 サッカリー

虚栄の市〈一〉
サッカリー (著), 中島 賢二 (翻訳)

Amazonで見る 楽天で見る
The following two tabs change content below.

妻の姉

歴史小説や古典、社会学系の本など、幅広く読む。ウエディングドレスデザイナーなのでファッション系の本も好き。妹以上にモノを増やしたくない派なので、本は基本的に図書館で借りる。2児の母。時には辛口レビューを書くこともある。
▼ブログランキング参加中。クリック応援お願いします♪
にほんブログ村 本ブログへ にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

-外国文学, 文学・評論
-


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

バルザックとその時代-伊藤幸次-idobon.com

バルザックとその時代 :数多くの作品を残したバルザックの生涯と日仏文化比較

鋭敏な人間描写に長けたバルザックの作品に隠された、彼の波乱万丈な人生が読み取れる バルザックを読むきっかけは「ゴリオ爺さん」を手に取ったことから。大好きなフランス人作家、アレクサンドル・デュマの日本語 …

モデラート・カンタービレ:短いけど不思議な感覚を残す小説

フランス語で読もうとしたが挫折… 私はフランス語を勉強しています。フランス語は、英語の10倍以上難しく感じます。特に文法。名詞に男性と女性があるし、その名詞が文中にいる時は、形容詞もそれに合わせなくて …

ベラミ:欲望、死、人生の満足、恋愛のあり方、そしてフランス人の暮らしぶり

最低な男の欲望の末とは… ベラミというニックネームのデュロイはノルマンディーの田舎の出。そんな彼があの手この手を使って出世を目指し、社会的地位をのし上がっていく様子が精力的に描かれた本です。彼の飽くこ …

その女アレックス-ピエール・ルメートル (著)、橘明美 (翻訳)-idobon.com

その女アレックス:毎章ごとにこんなにがらっと展開の変わる小説は初めて

完全に普通じゃないミステリー小説 表紙の絵と裏表紙のあらすじからして、女性の誘拐の話かなと思って読み始めました。アレックスという女性は男に誘拐され、想像を絶する残忍な状態で監禁されます。普通のミステリ …

アルジャーノンに花束を-ダニエル キイス (著), 小尾 芙佐 (翻訳)-idobon.com

アルジャーノンに花束を:知識と知恵の違いを学ばされる

IQ70の人が天才になる話 主人公のチャーリィは32歳なのに幼児なみの知能しかない知的障害者。複雑なことは理解できないですが、パン屋の雑用として働かせてもらっていました。ですが、ある時大学の研究対象に …