外国文学 短編小説

脂肪のかたまり:フランス文学入門に必読。さらりと読める短編

投稿日:2018年9月28日

脂肪のかたまり-モーパッサン-idobon.com

普仏戦争を背景にひとりの娼婦を描いた辛辣で皮肉な物語

以前何件かレビューを書いたバルザックとも匹敵するほど多数の小説を生み出したモーパッサンの処女作。「脂肪のかたまり」はこの短編小説に出てくるフランス人娼婦のあだ名です。健康的にむちむちと太っていることから、フランス語でプール・ド・シェイフ(脂肪のかたまりの意)と呼ばれていたそうです。

100ページ余りと短いながらも数ページ読み始めただけですぐに話に入り込める、そんな短編です。短編小説はやっと気持ちが盛り上がってきたら終わってしまったり、逆に短いことによりキャラクター描写が不十分に感じて、登場人物を身近に感じられなかったりと、あまり好きではないジャンルだったのですが、この小説はそうではありません。

背景は普仏戦争でプロシア軍に不戦したフランス。フランスの至る所で勝利したプロシア軍が町々を占領しています。そんな中、貴族やブルジョワ、革命家など身分は違っても金銭的に裕福なフランス人達がイギリスに避難しに行く馬車に乗り合わせていたのが娼婦のプール・ド・シェイフ。

その道近で出くわす苦境に、自分を犠牲にしても他人を助けようとするのがプール・ド・シェイフです。ただ、彼女の娼婦という職業に対する人々の偏見から、いいように利用されて当たり前、批判と侮辱の目で見られて当たり前、とされてしまうのです。小説の登場人物の中で自己犠牲的で最も他人の気持ちが分かり、波打つ心臓をもつのはプール・ド・シェイフただ一人なのに。

結局、フランス人旅行者たちの窮地を救うために、プール・ド・シェイフはプルシアの軍人に一晩支えるよう皆に言いくるめられます。娼婦と言えどもプロシア兵に身を任せることは敗戦したフランス人のプール・ド・シェイフにとって辛いことであり自尊心を傷つけられることでした。その後も感謝される訳でもなく、逆に軽蔑の目で見られ、誰からも優しくされることなくプール・ド・シェイフ。そんな彼女がイギリス行きの馬車で静かに涙を流すシーンで終わります。

こう書くと、かなり暗くて悲しい話に聞こえますが、モーパッサンの描写は皮肉で、快活で、なんだかさらりと読めてしまう。

短いながらも人物描写に長けていて、それぞれの登場人物の形相がありありと思い描けるところはさすがフローベルの弟子であるモーパッサンです。


 

脂肪のかたまり-モーパッサン-idobon.com

脂肪のかたまり
モーパッサン

Amazonで見る 楽天で見る
The following two tabs change content below.

妻の姉

歴史小説や古典、社会学系の本など、幅広く読む。ウエディングドレスデザイナーなのでファッション系の本も好き。妹以上にモノを増やしたくない派なので、本は基本的に図書館で借りる。2児の母。時には辛口レビューを書くこともある。
▼ブログランキング参加中。クリック応援お願いします♪
にほんブログ村 本ブログへ にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

-外国文学, 短編小説
-


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

蠅の王:真のリーダーとは?人間の本質とは?

無人島に残された少年の葛藤から学ぶ もし、飛行機が墜落して、無人島に漂流したら、どうする・・・? 小説の登場人物達の状況は、まさにアメリカのドラマ、「LOST」そのもの。世界大戦の火の手を逃れて疎開先 …

産む、産まない、産めない-甘糟りり子-idobon.com

産む、産まない、産めない:出産や子育てにまつわるいろんな人の考え方を垣間見れる短編小説

出産や子育てにまつわるいろんな人の考え方を垣間見れる短編小説 これも妊婦の友達がオススメしてくれた本の一冊。 短編小説になっていて、産みたいけど妊娠できない女性、四十代でバリキャリだけど未婚で妊娠して …

星の王子さま (新潮文庫)-サン=テグジュペリ (著), 河野 万里子 (翻訳)-yumiid.com

星の王子さま:失った童心を取り戻せる

イタい大人になっていないか見直す機会に この本は子供向けの本のイメージが強いかもしれませんが、読むときの自分の状態によって感じ方が変わるので、大人になっても何かの折に何度も読み返したい本です。 結婚を …

82年生まれ、キム・ジヨン-チョ・ナムジュ (著), 斎藤 真理子 (翻訳)-idobon.com

82年生まれ、キム・ジヨン:韓国の女性の生きづらさを描いた100万部突破のベストセラー

韓国での女性の扱いは日本のバブル時のよう 韓国人と日本人のハーフの娘を持つ友人が、旦那さんに勧められて読んだというので、私も興味を持って読んでみました。 本書は韓国ではベストセラーになっています。 ス …

獲物の分け前 ゾラ

獲物の分け前:18世紀後半パリ、ある女の破滅の物語

快楽を追い求めた行く末は… 時代は18世紀後半のナポレオン三世政権。オスマン計画というパリ大改造が行われ、多額の資金がパリの街に、特に不動産に流れ込んでいた時代を背景にしています。浪費と金銭主義で浮か …