普仏戦争を背景にひとりの娼婦を描いた辛辣で皮肉な物語
以前何件かレビューを書いたバルザックとも匹敵するほど多数の小説を生み出したモーパッサンの処女作。「脂肪のかたまり」はこの短編小説に出てくるフランス人娼婦のあだ名です。健康的にむちむちと太っていることから、フランス語でプール・ド・シェイフ(脂肪のかたまりの意)と呼ばれていたそうです。
100ページ余りと短いながらも数ページ読み始めただけですぐに話に入り込める、そんな短編です。短編小説はやっと気持ちが盛り上がってきたら終わってしまったり、逆に短いことによりキャラクター描写が不十分に感じて、登場人物を身近に感じられなかったりと、あまり好きではないジャンルだったのですが、この小説はそうではありません。
背景は普仏戦争でプロシア軍に不戦したフランス。フランスの至る所で勝利したプロシア軍が町々を占領しています。そんな中、貴族やブルジョワ、革命家など身分は違っても金銭的に裕福なフランス人達がイギリスに避難しに行く馬車に乗り合わせていたのが娼婦のプール・ド・シェイフ。
その道近で出くわす苦境に、自分を犠牲にしても他人を助けようとするのがプール・ド・シェイフです。ただ、彼女の娼婦という職業に対する人々の偏見から、いいように利用されて当たり前、批判と侮辱の目で見られて当たり前、とされてしまうのです。小説の登場人物の中で自己犠牲的で最も他人の気持ちが分かり、波打つ心臓をもつのはプール・ド・シェイフただ一人なのに。
結局、フランス人旅行者たちの窮地を救うために、プール・ド・シェイフはプルシアの軍人に一晩支えるよう皆に言いくるめられます。娼婦と言えどもプロシア兵に身を任せることは敗戦したフランス人のプール・ド・シェイフにとって辛いことであり自尊心を傷つけられることでした。その後も感謝される訳でもなく、逆に軽蔑の目で見られ、誰からも優しくされることなくプール・ド・シェイフ。そんな彼女がイギリス行きの馬車で静かに涙を流すシーンで終わります。
こう書くと、かなり暗くて悲しい話に聞こえますが、モーパッサンの描写は皮肉で、快活で、なんだかさらりと読めてしまう。
短いながらも人物描写に長けていて、それぞれの登場人物の形相がありありと思い描けるところはさすがフローベルの弟子であるモーパッサンです。
脂肪のかたまり
モーパッサン
妻の姉
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