鋭敏な人間描写に長けたバルザックの作品に隠された、彼の波乱万丈な人生が読み取れる
バルザックを読むきっかけは「ゴリオ爺さん」を手に取ったことから。大好きなフランス人作家、アレクサンドル・デュマの日本語訳になっているものをほとんど読み尽くし、新たな18世紀フランス小説家を探したいと思っていたところ、タイトルのインパクトに惹かれて読み始めました。「ゴリオ」って、日本語にするとなんだかイカツくていじめっ子な男のイメージですが、実は父性愛が描かれた小説。間違った父性愛により、二人の娘の自己中心的な要求に応え続け、自己破壊に陥るゴリオ。
バルザックで読んだ二作目は「谷間の百合」。バルザック自身の初恋を描いたとも言われるこの悲しい恋愛小説は、社会に羽ばたいて行く若者に是非読んでほしい教訓や、知恵に溢れていて、一語一語を噛みしめる様に味わった作品でした。
130以上もあると言われるバルザックの小説の2つを読み、細かい人間の精神描写、特に男性作家でありながら、女性の心理を細かに描写するオノレ・バルザックという人物についてもっと知りたくなり、この本を読み始めました。
この本では不幸なバルザックの生い立ち、特に母から虐げられて育った幼少期から始まり、バルザックの家族、彼が生きた時代に広まったリトグラフを使った絵入り本や、カリカチュア雑誌について書かれています。本の後半ではフランスを中心とした、ヨーロッパのリトグラフの印刷技術と、同時期の日本の浮世絵の技術の違いが書かれていて、バルザック個人だけに終わらない、日仏文化相違を学ぶことが出来ます。
リトグラフと浮世絵の比較が興味深い
ひとつ面白いと感じたのがリトグラフと浮世絵の比較。リトグラフは水と油の性質を利用し、酸で処理する科学的知識、つまり発想の転換や発明を必要としていたそうです。それに比べて浮世絵は、あらかじめ配合した色を版木に乗せ、手間暇かけて仕上げるのみで、科学的発明を必要とせず、手先の器用さと熟練の賜物であるに過ぎません。
「江戸は当時世界最大の百万都市であって、高度な複製芸術を大量消費する商品経済を成立させていたとはいえ、江戸時代の日本に近代文明を自力で生み出す可能性を感じさせる要素はまったくないということである。日本が近代化するためには、西欧文明との出会いがどうしても必要であった」―p200より
日本人は既にある技術を改良し、完璧に近づけることは得意ですが、自ら無から新しいものを発明することは昔から文化的に、理論的、哲学的な考え方の欠如により、欠けていたことなのではないかと思わされた一説です。
多数の小説を残し、18世紀フランスに生きた人々の描写を事細かに記した、バルザックという作家をもっと掘り下げたい方に是非読んで欲しい一冊です。
バルザックとその時代
伊藤幸次
妻の姉
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